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不具

創作 魚


 部屋のドアーが、近づいたり遠ざかったりする。カーテン越しの窓の外が砂漠になったりする。そういう日、わたしは寝転んだままぼんやり時計を見ているが、針が曲がってでたらめの時間を指しているのでかなしい。三つも四つも時計を置いているのに、みんなめちゃくちゃで、その時々に話しかけてくるけれども、どれがほんとうか分からない。時計の声はがちゃがちゃしていて、頭痛がするほどうるさい。カレンダーも、めくらないまま何年経ったか知れない。

 醜い魚を一匹飼っている。騒音や、日の光にはめっぽう弱いが、しばらく食べなくてもそれなりに生きられる魚である。わたしが外に出ようとすると、苦しそうにもがくので、いつもかわいそうになって、出かけるのはやめる。
 ある日どうしても外せない用事があって、涙で水槽をいっぱいにしたおまえに、何度も謝って出かけたことがあったね。帰ってきたころにはぐったりしていて、鈍い色をした鱗が、紙でできているようにがさがさだった。わたしたちはその日から数えて三日ほど、ずっと一緒にねむった。捨てちゃいたいと思う。窓から外にほっぽりだしたら、きっとすぐ死ぬだろうに、いつのまにか寄り添っていたのでどうすることもできない。なぜならこの魚は不幸を察知する。なぜならこの魚は、わたしにとてもやさしい。
 夜中飛び起きて、しくしく泣いていることがある。醜い顔がさらに醜くなる。まぶたがなくて、せき止めることができないので、このまえは水槽があふれそうになって、とんでもなかった。魚はひとに不快を伝えるすべを知らない。子どもと同じである。わたしはどうしたらいいか分からず、そのまま呆然となってほったらかしている。とっくに大人になっているはずだが、こいつは泣いてばかりだ。なにが不満なのか分からない。魚の気持ちが分かるという獣医に連れて行ったって、これはまあだいじょうぶでしょう、と半笑いで返され、わたしがばかみたいになる。ではわたしが悪いのだなと思って、飼いかたの本を見ても、涙を流す魚の宥めようが書いているわけがないのだ。おまえが泣かなきゃ、わたしももう少し自由なのだが。そうは思っても、結局わたしはこの魚を愛しているのだろう。寄生されていると言ってもいい。

 窓の外は砂漠だ。砂が吹きつけてひどく痛いし、呼吸もままならない。わたしにはまぶたがない。吹き荒ぶ砂嵐が目を傷つけることを、器用に避けることができない。わたしには脚がない。あなたたちとおなじ速度では、とても歩けない。
 かなしいことから目を逸らせないわたしを、まっすぐだと言ってくれるひとがいた。元気は出たのにことばが出なくて、ただ微笑っていたら、そのひとは肩をすくめて消えてしまった。なんでも持っていて、良いものを選ぶ権利のある、きれいでやさしい女性だ。羨ましいという気持ちだけが、わたしにはある。与えられるしかないわたしに、選ぶ権利はない。鱗がうつくしかったら良かった。たとえ最後が醜くても、それを一枚ずつ剥がして、少しのあいだでも、好きなひとや、好きなものを引き留めることができればと思った。

 部屋のドアーが近づいたり遠ざかったりする。水槽に魚を一匹飼っている。隠れ家の代わりにベッドを置いて、そこに沈んで、でたらめの時計を見ながら、きょうが何日かも忘れてしまっている。


【ワンドロ お題は『魚』でした】

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