美女と野獣 準と明日香 と吹雪準は出ませんちょっと苦しい 薄紙のいちまいだ、その口をひらかせるのは。「あ」 指さきが一瞬、とまどっている、そしてにじむ、そのとおりの切札に描かれたのはプリマ。「明日香」「切っちゃったわ、でも平気なの……平気よ兄さん」 兄さんはやさしい。透明なバンソウコウのしたに、いつまでもくるまっているわたしではないけど、その窮屈をときどき愛してしまうことがある。なぜか。いけないよと言う。悪いのはわたしだった。「手がいのち、よね」「すべての女の子はね」「そうだったかしら」 兄さんはやさしすぎるから、いつも損をした。いつでもすすんで道化になる計算が、あまりにも純粋なところから来ていた。兄さんは要するに情に厚くて脆かった。だれかのために負けたっていいとすら、思えるひとだった。〈それは幸福に生きてきた者の考えだ〉、そう、獣ではなかった。「怒らないでよ明日香」「怒ってないわ、わたしただ」「女だからって甘やかされたくないの、だろ」「わかってるくせに」 きっと兄さんも不幸だ。幸福すぎて。兄さんのやさしさは追いつめられた人には分からないし、追いつめられたものの気持ちも、おそらく兄さんには理解し得ない。無意識のエゴをふりかざす、だけど兄さんはとてもやさしい。それしか知らない。窮屈な籠の中から抜け出してしまった、わたし、だけどその居心地がよかったことをたしかに覚えている。「ねえ」「なんだい」「兄さんには信仰があるの?」 兄さんははにかんだように笑った。ぼくはぼくと、明日香と、ぼくの好きなみんなを信じるだけさ……〈きみはしあわせだ〉と言った人は、これを聞いたらなんとするだろう。真っ黒な獣……いつも飢えてもがいている……あなたもやさしいことを知ってる。あなたはその牙がまただれかを傷つけることを恐れているだけだ。ひとりでやっていく、と吐き捨てたあなたの信仰も、ほんとうは兄さんとおなじだ。次戻ってきたら、わたしは薄紙にひらかれ流れたことばのかわりに、手を触れるだろう。あなたの獣が苦しげに顔を曇らせても、なにかに触れることの安心を教えてあげたかった……わたしもまた兄さんによく似ていた。もう傷ついたの、だから恐れないで、ああわたしたちも、すぐに大人になるのだ。