常識に堕ちる カイミザ事後かといって幸福はそんなに感じない 窓外を鳥が横切る。曲線に影がゆがむ。寝返りののち、あ、止んだ、と掠れ気味の声がして、カイトはわずかに罪を意識した。毛布のしたで素肌が触れあっている。湿っぽさに眉を寄せる。「よし出かけよう」「シャワーを浴びてからだ」「わかっている」 ふたりとも清らかなふりをして、事実にはだれより野蛮だった。慎ましさは卑怯だ。着替えれば互いに性など知らん顔の真面目を振るう、あたりまえが穢らわしくて、いつまで子どもでいるのだろうともカイトは思う。ミザエルは軽やかだ。もとの反発はどこへやら、いつしか生活のなかに非日常を器用に組み込んでしまう。このひとがいわゆる「大人」になったことをカイトは信じたくなかったが、そうさせたのは紛れもなく自身だった。毛布から飛びだした二本の長い脚が、ゆるやかなカーブを陽に曝しているのをぼんやり眺めた。「さきに浴びるぞ」「ああ」「ちゃんと起きるのだぞ」「ああ」 苦しむのはおれだけだ、カイトは微睡んだような返事をしながら、一睡もしなかった銀の目を伏せた。愛することと肉欲とが重なりあわずにある。愛の先にそれがあっても、もうそれは愛ではなく、ただの堕落のような気がした。やがて雨音に代わって騒がしくなったシャワールームに、先ほどのできごとを思い出しながら、冷えてゆくとなりの枕の窪みに手をやる。金の髪がひとすじ光っていた。それを指に巻きつけては、形を取り戻さんと離れていくのを何度も繰り返し見ていた。なにも変わらないのだろうか、こうしているとミザエルが自分のために、鋳型に流したように変わってしまったと思うのはえらい思い上がりのようにも感ぜられた。あるいは変わったのは自分のほうかもしれなかった。ともすればミザエルをこんなにしたのは自分ではない別の男のように思えてくる。そう、おれは貶めたくなかったんだと彼は呟いた。巻きつけ損ねた髪のひとすじが、こぼれて落ちた。「起きろと言ったろう」「起きてる」「空いたぞ」「ああ」「どうかしたか」 その問いにカイトは答えなかった。彼は内心、おれだってミザエルだってなにも変わりはしないのだと言い聞かせていた。堕落の常識に流されても、彼らには意志があるはずだった。だが彼らが神になれるはずもなかった。カイトは自分のかたくなな純粋に半ば呆れながら、しかしそれを捨てることもできずにいる。彼はシャワールームのドアを開けざまにふと振り向いた。シャツに袖を通すミザエルの背中が、たおやかな布地の皺に隠れている。「髪乾かせよ」「もちろんだ」「なあ」「ん」「いや、いい」 湿気が頬を濡らす。彼は眉を寄せる。愛していると言ったのはだれだったろう。だんだんと並列化してゆくミザエルを、ミザエルと認められなくなる日が来るかもしれない不安が、情事のそばにはつねに横たわっている。意志というものを信じるしかなかった……この水音にミザエルがなにを思うか、彼にはわからない。