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さかなの瞳

三天才
藤原がなんだか嫌になるまで


「もったいないなあ」
 藤原ははっとした。フォークをいれた苺のショートケーキはぶざまに傾いている。となりに座る丸藤が、床を拭う。白いペーパーがじわじわ染まっていく、赤色がおそろしく見える。
「ぼんやりしてた、」
「ぼくのあげようか、と言いたいとこだけど、頼んでなくてごめんね」
 ぐしゃぐしゃに丸められた紙のなかにじっとりと潰れた果実が張り付いているのだろうと思うと藤原はきゅうに鬱陶しくなる。好きだったものを軽蔑する瞬間がある。だって地に落ちたものはその時点でゴミだ。遠いむかしを経て、人間はそれだけ気高くなっていた。藤原には吹雪がなぜ謝るのか分からなかった。彼らはいつもそうだった、無口な丸藤でさえ吹雪のあっけらかんとした謝罪に同調した。そして目先のものにとらわれて、本質を見失うのだ、わずかな歪みに気づかないまま。
 もったいないなあ、……そこに求めていた答えがあったかもしれないのに、ことばはおれに向けられない。子どものころから変わらずやさしかった生クリームの甘さが、胸くそ悪くてたまらなくなるのが成長だろうか。帰る巣はもともとないから、横断歩道の白を選ぶように軽やかに渡り歩くだけだ。おれはここからも飛び立たなくてはいけないんだと藤原は思った。軽蔑をかさねて大人になっていく、いまの彼にはそれがもっとも正しかったし、選ばざるをえないカードだった。
 手を差し伸べることがまぎれもなく友情で、庇護することは疑いなく親切だと思っている人間がすくなからずいる。同じテーブルをかこむものたちがそうだった。お人好し、と呼ばれる彼らは見返りを求めない。それが藤原にはたまらなく口惜しいのだった。彼らは与えるものの資格をまるで生まれながらに手にしていたように振る舞って、「めぐまれない」もののために懸命に施す。どんな些細なことでも。そうしておいて、彼らは藤原を「ぼくらと同じ」だというのだ。
 許せないものが増えていくたびに、藤原は苛立つことを忘れたがる。揺るがないものがほしくてたまらなかった。水で満ちた冷たいグラスに触れて、幼いころ、ここに閉じこもりたかったのだと思い出す。誰にも干渉されないガラスケースのなかにうずくまる子どもを見る。
「おれ、もういいや」
「めずらしいな、残すなんて」
「うん」
 なんだかとても耐えられなくなってしまった。あやまちは熟した果実の染みだった。完成したものほどその零落はあっけない。ガラスケースのなかで、夢ばかり虹色にひかっている。重ねるほど汚れていくものなんか認めたくなかった。

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