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爪先

万明日


 真にうつくしいひとは足音からちがうものだ。華麗にそれこそ舞うように軽く響くのに、本人は誠実きわまりない。振り向けば波打つブロンドと、白に青、あの全員同じ制服でも、きみが着るだけで特別仕様に見えるから不思議だ。こころの色は白でなく、青でもなく、とりどりだろう、そんなところが良い。好き、とひとくちに言ってしまうのが馬鹿の浅はかだ。稲妻がそんな単純な構造で出来ているものか。しかしまあ、ストレートに気持ちを整理するのも手立てのひとつではあるので、今は見極めているところなのである。それにしてもスカートが短すぎやしないだろうか。
「むずかしい顔ね」
「て、て、天上院くん、やあ」
「なにか悩みごと?」
「いや……まっとうな道に目を凝らして」
「万丈目くん、行き当たりばったりじゃないなんて意外ね」
 自分はいつの間にそんな無計画な人間に思われていたのだろう。おどろいたような表情もおさなげで良し、それでいて言葉が辛辣なのもなかなか浮き足立ってくるものである。哀れみの道に自分を蹴落としてくれる理知的な女性……近ごろどん底で奮闘すると生きる実感に満ちあふれてくることが判明したのだが、人に言われてやる気が出るのは彼女だけなのだ。追い詰められると燃えてくるなど言っていた、万よりずいぶん桁の低い十なんとかにあやかるわけではないが、ううん、あ、待て、天上院くん、きみのスカートはやはり少しばかり、あれだ。
「短い」
「なあに」
「え、あの、ああそのぉ、目標までの距離、が」
「あらいいじゃないの。がんばって」
「ちっ違う! このままではだめなんだ非常に、そう」
 このままではだめなんだ、なんてどちらがだ。ひとのスカートの丈を気にする前にやることはたくさんある。皮算用なんて無駄なことをしている自分が腹立たしくてならん、まだ彼女は手に入らないどころか、この指先のうえにすら乗らないのに。遠くから片目つぶって、ちいさな彼女を手に乗せてる気分になるだけ、じつは楽しいがそんな日々が続くのはさすがに惨めすぎる。
「だめだ」
「どうして?」
「きっきみが」
 一瞬ゆれた琥珀の目が光さえ溶かしていた。おそらくは彼女なら塵のひとつも煌めかせるのだろう。ではおれは? 彼女のもとでなら輝けるか? ふざけるな! 男というのは惚れた女を輝かせるためにあるのだ、おれが輝くのではない、泥だらけで這いずりまわるおれが、よけいに彼女を引き立たせるのだ。舞台裏がどんなに散らかってもプリマのステージは完璧にしてやりたい。そうして彼女が軽やかにステップを踏んで、うすぎたないおれはその情景をだれも知らぬ後側から見詰め……これぞおれの筋書きだ! 彼女の、その、体……というか、それも短いスカートごときに、むしろ踊らされているなんて情けない。(……と、ここまで、師匠なら言うはずだ。)
「きみが、選んでくれるようにならなければ……おれが選ぶのではなく」
「あ……わたしにはさっぱりだけど……ええと、あなたのなかでは話がまとまっているようだから、良かったわ」
「ああ」
「ふふ、ずっと顔をしかめてちゃ戻らなくなるわよ」
 儀式に背筋ただしく厳格な彼女だって、笑顔がいちばん似合うのだとよく知っている。客席からは遠すぎて見えないその表情をオペラグラスなしで誰よりも、そう、誰よりも見ていられる人間でありたい。義務なんかじゃなく、きみがすすんで会いたがるような男になろう。なにか喜べることがあったとき、真っ先に伝えたくなる男になる。そうしたらちょっとした頼みを聞いてもらうのだ。「天上院くん、その短いスカート、ほかのだれかの前ではよしてくれるかな」……図々しいか、もし嫌と言われたら取り消そう。幸せを追求するためには天上院くんの自由を尊重するって決めたのだ。ああそれにしたってひどいな、やさしく叩かれた肩にいつまでも触れてしまうなんて、なんだか、かなわない恋をしている気になるからもうやめた。うれしいこと、かなしいこと、引きずらないのも手立てのうちだ。

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