鳩血の ベクター皇子捏造おおめです 海も草原も街もある国だった。湖だって。蔦が緑を濃くして、かわいた砂に色を乗せた。ぜいたくと、力の支配とを嫌うしとやかな女性であった。そんなひとを心から、心から娶りたかった。偉大なる父に対するのは作られた者の常である。「母上!」「あら、こんなところまで? 光の御子さま、稽古はどうしたのかしら」「休憩をいただいたんです。すこし早めに」 ふたりの母、水面のひとをじぶんがもらっては。掬った水は冷たい。口もとへ、世界で最も美しく尊いものの加護が火照る肌を癒した。水仙を一輪手折る。そのひとは自惚れをよしとしない芯の強いところがあったから。自戒を、そのひとにより抱いていた。そうねと言って光の母はさみしい笑みをする。稽古などほんとうなら、いらない世界が欲しい。父がいつ戻られるのか、その話は胸に落とし込んだ。かわいそうな母上、弱きものは眼中に無いというのだろうか、母上は強いお方なのにどうして。「きれいな泉だわ」「ええ」「あなたの顔がよく見えてよ」「母上も」「ふふ」 ああ、われわれにはこの国だけで滴るほどだ。叶うとしたら、冒険をしてみたかった。まだ知らない世界。新鮮なおどろき。手のうちにおさめるという形ではなく……そうしたらきっと、このひとにも見せてあげるのだ。なににもとらわれず生きる異国の花々に母上は笑ってくれるだろうか? 水仙は水辺から細い指のなかへ、そしてついには硝子の花瓶に生けられる。あのころはなにも知らなかった。どんなせまい世界にもぬぐえぬ罪があることを。言葉のないために正しくされる摂理を。母上は不幸なおひと、そう思っていた。中身などちっとも無かった。取り繕うのみでなにも……知らなかったころの話だ。