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あなたは闇、わたしはいのち

藤原と吹雪


 その手が欲しかった。肉体ばかりが成長して、心は子どものままあの日のように右と左もわからない。着慣れない礼服の窮屈を今も生々しく感じているのに、友達と思っていたひとが目の前で厳しい目をする。寂しいんだ、寂しいんだ、と泣きながら繰り返していたら吹雪は優しいからきっと見捨てない。優しさは通り越してしまえば愚かでしかなかった。そして置いていかれた子どもの巧妙な甘えが自分にはあるのだと、藤原優介は既に気づいている。
 この世界は見渡せば闇ばかりなのに藤原にはふたりの姿が都合よく見えている。そういうものなのだ。ここはおれの世界であるから、自分が引き入れなければ誰も踏み込めない。吹雪の左手を離さずにいると、自分のなかでいろんな思いが複雑に混じり合っていくのが藤原にはわかった。それはひとりではないという安心感とか、その安心感は虚飾であるという悲しみとか、温もりを虚飾にしてしまうだろう吹雪への(あるいは藤原自身への)憎悪とかであったりする。ここ数年になって、あれほど恐れていた闇は光を飲み込み融かしてしまう液体のようにしか感じられない。そこで眠って目覚めたときはきっと、ほんとうに優しい誰かの腕のなかに包まれているのではという、誰にも言えない夢がある。
「ああそうか、きみはずっとそんな思いをして……」
 吹雪は泣きそうな声を出した。彼の母性を操って、自分の思うままにしている。吹雪は目を閉じた祈りの姿でやわらかく藤原を抱いた。人の気持ちをずいぶん知った気でいるやつだった。愛だかなんだか知らないが、腹立たしいくだらない娯楽に身を落として、いつか世界にそんなものは存在しないとして立ち止まったときどんな気分だろうか、想像するだに虚ろに笑えてくる。反面、まだのらりくらりと不在のなにかを求めて彷徨っているならその魂を救ってあげるのが友人としての善ではないかという思い遣りと、救ったところで誰がおれを信じてくれるのだという疑念とが板挟みでびりびりと痙攣していた。けれども確かに、藤原は今自分の背を撫でているこの手が欲しくてならなかったのだ。本来ならもっと十年も前に別の誰かによって温められるはずのこの身体が今になっても冷たく、自分が見る夢が昔と同じままなのは人が人であるせいだ。人がそれぞれ鈴や小鳥なんかと分けるように彼らを尊重するから、置いてけぼりの寂しさだけが助長されてしまうのだ。仮にこの手が「誰でもない」なら、それはつまり「誰でもある」のだから、自分はこんなにも悲しい思いをすることはなかったのだと藤原は思った。
「おれは寂しいな、今だって寂しいんだ、みんな簡単に捨てていくんだから」
 藤原はぼやく。簡単に捨てているのはどちらなのか、ほんとうはもう答えることができなくなっていたけれども、それを認めたくはなかった。うん、と吹雪はうなずいて、その長い指は機械的に藤原の髪を梳いている。きみもおいでと無理やりに影を奪い腕を引いた結果がこれだ。藤原はひっそりと涙した。その手だけでは、だめだった、彼は代わりにはなれない。切り離した首を飾って愛し合うことなど、やはりできなかったのだ。
「救いはいつも、諦めと赦しでできている」
 震える声でそう呟けば、吹雪の切り出したばかりの黒曜石のような目がわずかに揺れたようだった。藤原はその揺れに自分への溢れるような憐憫を鋭く感じとった。まだしがみついているのか、すべての生物はその取るに足らない自我を捨てよ! 唇を噛む。幼い頃は無限を知っていたはずなのに、今ではファンタジーでしかないと決めつけている。藤原優介の正体は屁理屈や偏った常識ばかり詰め込んで、成長したふりをして膨れ上がってきた子どもの化け物なのだ。子どもは魂の宿るものを恋しがり、大人はそれを恐れ忌み嫌う。ならば自分はどうするべきか……目と耳を閉じ口を噤んでどこにもなく縮こまるだけしかないのか……欲望は今や果たされるか禁じられるかの二択しか残されておらず、救いもまた、呵責と絶望の二択であった。限りない可能性を信じられなくなったのはいつからなのか。髪を梳かれるまま、ねえもっと上手に、上手にだよ、と藤原は言う。涙など乾いてしまえば誰にも気づかれないのだ。

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