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澱のなか

Charlotte
乙坂兄妹
2話鑑賞後に書いたものですが、OVAを観てふと思い出しました


 どうも、時が止まったようだ。ところ変われど品は変わらず、特製ピザソース。箸の使い方も忘れそうになる。芸のないのは誰に似ただろう。ああ、きのう、ぼくは生徒会長に「いつも同じやり口ですね」なんて言われたけど、あんなの嫌味だ。雑誌だってよく読んでる、ぼくはいつでも新しいと思う、わかってない、のは……どっちのほうか。スプーンの裏表だって、逆さに映ったり、まっとうに見えたりする。
「有宇おにいちゃん」
「え、食べてる食べてる」
「なんだか元気がないのです、あたらしいお家はお風呂が広いからゆっくりできるよお」
「いまさら言われなくても知ってるよ」
「うふふ、しかもね、あやつ最新式の給湯器なのでござる」
「最新式ねえ」
 あれもこれもとはしゃいでいられるのも今日明日だ。無駄に広くて、今に持て余す。しかしこの手当で伯父もいくらか助かったろう。中高生ふたりの学費と生活費がなにより重たいことくらい、ぼくにだってわかる。けっして見栄だけじゃない、のだ、カンニングは手段だった、はずだ。これだっていちおう努力のうちに入る気が、している。

 夜はいつも星を見ている。宇宙有りて、みたいな名前がついてるくせに、こちらの方面はまるで疎い。なにが変わったんだか、レンズを覗いて一喜一憂、歩未もけっきょく、ぼくには空と同じなのだろうか。いつもカメラ越しにぼくを見る、客観を思い出す。数日でいろいろありすぎた。学校たって機関だ、こんなにあれこれ変わりすぎると、白ねずみの墓参りを頼む日も近い。あ、(ことばを選んだら)ぼくはいくらか軽率なのかもしれない、けれどもぼくの内面は、ふつう、だ。
 歩未、呼ぶと返事。覗き込むのはレンズ。夜を待つこの子も、いつかは目覚めてしまうだろうか。友利、の母親は、ふたりを売ったのだろうか、あ、(そんなこと言ったらまた)、やっぱり母親なんてろくでなしだ。産んだらポイだ。憎くて考えたことばだがそれが変におもしろくて、思わず笑ったらレンズにくっついた目がふとこちらを見た。慌てて雑誌に目をやった。
「えーっなあに?」
「なんでもないよ、おまえこそ早く寝ろ」
 昨日も言った、おとといも言った。ここだけが時を止めている。言うなれば、ぼくの夢だけが様変わりしていく。昨晩の夢などひどかった。あれだけいろいろあったはずの、今のぼくがあんな夢を見るなんて……胸くそ悪いことにぼくは〈あの人〉を歩未と呼んだのだ。〈あの人〉は能天気に笑ってぼくもまた能天気に髪を撫でられていた。みんなずっと歳を取らない、いやな夢……。
 これから死ぬほど忙しくなって、他人のことを考えなくなるようになったら、ぼくの力はすっかり消えるかもしれないと思った。忙殺はつまり忘殺だ。うまくできたことばだ。とにかく〈あの人〉を忘れたい。じっとりと無意識のなかにへばりついて、時折ぼくに絶対的な存在を主張する、たとえば呼吸に似ている。〈あの人〉を忘れるにはあるいは、許すしかないのかもわからない。血のつながりは引かれ緩められの鎖だ。無関心ではいられないのだ。
「歩未」
「はあいお待ちあれ! ただいま寝まする!」
 どうせあしたもピザソースだ。あの甘ったるい、しつこい味を、ぼくが好きだったのはいつまでだったか。あれを鬱陶しく思うようになったのはいつからだったか。歩未はまだその頃のぼくを映じている。しかたない、家族は変化に気づけない。空と同じ、ぼくのほうこそほんとうは、歩未がいつまでたってもここにいるように思っている。いつか離れたら……知るのだ。変わったねなんて空々しく言ってさ。もう目を見ない。
 そんなものだ、なにか後ろめたくて、憎たらしくて、かわいそうで、良いことなんかひとつもないのに、そんな日がいつもだれかに来てしまう。ぼくらに来なければいいと思っていた、二度と。それなのに夕暮れの景色を素直にうつくしいと言ったとき、その隣に、リアルがあったのだ。

 なんとなく、モラトリアム、を辞書でひいた。猶予……ぼくらは星の海で泳がされる。ぼくは机を離れた。歩未がつられて名残惜しく窓を閉める。親なしのふたりぐらし、いつもそんな顔していたら、もうすこし現実的なんだけどな。今夜の夢、雑誌の娘が出てきてくれたら。また一度見とけばよかった。モラトリアム、猶予、モラトリアム……布団をかぶる。

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