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密猟者の夢

刀剣乱舞
一期一振と五虎退
やみおちのような


 ここにいるべきでないと思い立ったことを、敏いものは気づいていた。おそらく鈍いのはおれくらいで、それだけおれには余裕がなかったということなのだろう。なにかを大切に思うには権利が要る。精一杯のものにそれが得られるわけもない。だれかのために振るうにしては、この刀はあまりにも汚れている気がした。

「どこへ行くと言うんです、行ってどうするんです、不安があるなら過ぎるまで隠れましょう。隠れるところならたくさん知ってます。虎くんたちが教えてくれるんです、だから平気、ね、そうですよね」
「おまえはほんとうにいい子なのだね、だけど五虎退、わたしはなにも奪いたくはないんだ」
「奪うなんて、なにを奪うっていうんです? いち兄、もう充分なんです、充分でしょう」
 ぼろぼろと泣いた。伝う雫の熱さを思った。この子はなぜこんなにも「いきている」のだろう。夜霧がおそろしく冷やかに感ぜられるほどに、彼の心は血と肉でできていた。

 断ち切ってくれないか。ひと振りに遠ざかる袂。おれひとりではだめだった。おれひとりでは、過去もかなたに、未来さえも永遠だったのだ。五虎退にもそれはできなかった。わたしとおまえだけが割り切れなかったのだ、奇なり、なぜだったのか、そのように厭わしいけものの数。
 縁起のよい、と口先だけ微笑み、縋りつく細い腕がいずれわたしを葬ることを思い、祝儀には良かったのになあ、とつぶやいた。片手に足りることに慣れすぎて、両の手に余るおまえが怖いのだった。どれだけ掬っても零れ落ちることが不可思議でならなかった……今も。それはたいてい、おれの指先で温度を失った。反面、鉄は冷え冷えとして、おれがいまさら変われないことを事あるごとに示唆しつづけた。

 わたしは、そうだ、ああ……右の手のひらで、瞼を押さえる。鉄錆の臭い。泣くことができない。微笑むことしかできなかった。かなしいとか、なんとかいう感情にはこの身はすでに程遠く、あるだけの涙がかつての烈火に散ったようだった。
「いち兄」
 呼んで、おまえはなぐさめるように、縋ったわたしの左腕に頭をあずけた。おまえは試すように、わたしの右腕のまえで頭を垂れたのだった。裁かない強さ? 正義など初めからあったろうか?
「あこがれていたんだよ、おまえに」
 やわらかな巻毛にくちびるを寄せて、縋る腕をほどく。息をのむ音が聞こえた気がした。あわれ。だがきっと憎んでもいた。あの熱が、おれを捻じ曲げたのだ。あの熱が、おれを鍛えたのだ。われらの生を忘れないために、怒りではなくかなしみや喜びで……五虎退、おまえはあらわれている。それを弱さと呼ぶものは、殺しを知らないだけだ。

 ——いち兄はすごいです、ぼくなんか泣き虫で。いち兄みたいになれたらって、いつも——

 振り返らなかった。ただあの子の口癖だけが耳管のなかをいつまでも迷っていた。夜目がきかない。木霊がして感覚を失う。わけがわからなくなった。縋りたいのはおれのほうだった。道すがら、野盗みたようなものを十三夜の月に垣間見る。なんのために奪うのだろう。彼らはそこでなにを見つけるのだろう。殺しのあとには何もない。身体を裂いても記憶などどこにも刻まれていないのに。
 ——なにを奪うっていうんです?
 おれは月光のもとで確かめるように五つ数えた。あの子はこれで足りると思っていたのだろうか。おれには指先の一本いっぽんがあまりに頼りなかった。おまえとわたしとはあまりにも近かった。だから匿われた虎穴のなかにあの日の喪失があると信じてしまう。そんなおれに、愛する権利があるはずもなかったのだ。

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