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だれかと本田菊

へたりあ


 藤を、葡萄とおもい無邪気に駆け寄る子どもでした。はたと薄く口をひらいたときそのひとは少年になり、顔を赤らめるようすが大人でありました。時がめまぐるしく、転がった絵巻に似てうつってゆくのを、眺めていました。どうやら案内は上手くない質のようです。この街の象徴だったものがいつしか変わっていて、まばたきの間に愛したひとが消えるゆめが、眼球の舞台袖で思い起こされました。
「本田さん」
「はい」
「なんだかぼんやりして、どうしました」
「見頃が過ぎてもうつくしいなと、思ったのです」
 わたしは右手のうちに仕舞った硝子玉を、いつの間にか左手へすり替えてしまう手品がいっとう好きでした。好きこそものの上手なれとはよく言うものだと思います、また少年の表情で、ときおりは、なくしものを諦めた婦人のように微笑うのです。
「見頃ではないのですか」
「ええすこし遅く、すみません、むかしはこの時期でしたのに駄目ですね」
「本田さんのお名前」
「え」
「お花でしたよね」
「菊と、言います、あれは秋の」
「ではこの季節、あなたは藤だ」
 散りぎわのふるえを、息をつめて見つめる酷なやさしさ。終わりかけの花たちをあつめて、ちいさな島を生んだのはわたし。いつでも奥ゆかしいのですね、とまた微笑いました。死のか細い声を快楽として、それを見透かされるおそれを、わたしは知りました。わたしはそのひとの染めた頬ののちに、死を見ていとおしく、なっていたのです。

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