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紡ぎ

カイトとミザエル


 桃色の水風船を想像すればよいのだ。そのひとの固く結んだくちびるの艶が、似ていた。捲くった史書の途中にある面影を忘れない、今のまったくを拾い上げることのできぬ不器用なところであった。ミザエル、むかしの名だけで十分に埋められると思われたものが、他人ごとの見解であることが分かる。分かっている。距離もつかめぬほど見明かされた宇宙の透徹は、いまも胸苦しく喉もとを塞ぐ。
「もう少し生きてみたいと思って、なあ、それはわがままだろう、だから許されるときの気持ちがあまりにも悔しかった。くやしいのだたぶん。わたしたちまるで、まるで、取るに足らないように」
 おれが避けた同情を流しこまれて、新品ができあがった。つぐないのためにでも、なんでもなく、懇願そのものに疑問を感じているのだろう。おれはおれのための静かな祈りを思った。どうがんばってみたところで生者の祈りが圧倒した。あのことは死者の報復である。くちなしの有り様はミザエルのほうがよほど感じている。もう一度会いたくなかったかといえば、嘘だ。だが、生きていたところで、誰かのさいわいになることが? 愛されるひとはおれではない。削って生きるだけだ、鳥に変わった娘のように。日々は摘むだろう。だが爪に火灯すいのちの説教が、今更響くはずもない。
「ああ、お情けで生かされてるんだおれたち」
「わたしにはやつらがそんな人間に見えない」
「そりゃ、悪いやつじゃないさ」
「なにが不満か分からなくなってしまった」
「許されたことが不満なんだろう」
 抱える荷の重さを他人が知る由はない。仕事をうばうのが慈悲というものの正体だ。お情けなんて暴力の語彙を、わざと用いて、このごろは自分を責めるのに忙しい。結果だけ見て良しと言えない面倒な部分がおれたちにはある。ばからしくて、愉快で、ふと微笑ったらミザエルは目を伏せた。おれの前でばかり、うるんで爆ぜるくちびるの色を見やれば、自身の役目が針であることくらいすぐに気づく。やさしくはなれない。罰されるものに慈悲はいらない。大切にされるべきはもっと他にいて、おれはただ、警告するだけだ。

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