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黙する星の底

カイトとミザエル


 動を受容した神のもと、七つの徳高い光は怜悧な獣となる。そのうちひとつの煌きがカイトの目に触れる。人を模した姿は一見して麗麗と鎮座するかに見えたが、わが身を捧げた龍の力による慢心と、その力を以ってすら遡れぬ運命への憤怒とが碧い目を曇らんばかりに焼いていた。認められなければ生きられぬ、渇ききった生への欲が、過剰なまでに能力を呈する姿勢にあらわれるさまは惨めとも言うべきであった。
「カイト」
 人に溶けこまぬ華美な装飾が裂けそうにちりりと鳴くのがカイトの耳に不思議に届いた。生物と元素の喧騒を捨てたおそるべき静けさが月面にはあったが、ミザエルはつまりどちらともちがうのだろう。このしじまでは、宇宙とはおよそ混沌とかけ離れているように思われる。探知の無反応だけで分かたれた友人のクリスが、随分とわれわれ人類の矮小さを語っていたことを思いだす。人が小さく脆いのだと、あれほど喜ばしく言えるのはその先の理想と可能性を見いだしているからだ。しかし目の前に対峙するものは、それらをかなしく踏みつける。進化の過程を見た気分だった。人間においてすら、人種ひとつでだれかの生きざまを家畜同然にしてきた事実は嫌というほど歴史が示している。しかし史書を捲るだけで憂いつづけるほどカイトは保守的ではなく、なにより彼はそうするにはあまりに若かった。
「やるべきことはこれが最後で、命はなげうつだろう」とカイトは悟っていた。罪あるおのれが惰性で家族に甘えることを、彼自身が好しとしなかった。本来とうに孤独になるべきであったカイトはすでに、彼へ手を差し伸べた人々のために身の振りかたを定めていたのである。ぬくもりに収まるにはやはり若すぎた。他人には頑として首肯しないだろう性急な生きかたを、自身にだけは許した。もう一秒たりとも穏やかではいられないような、安寧に委ねれば常に罪悪の意識に苛まれるような、追われるものの心がカイトには少なからずあった。だがこの行いは彼にとって断じて贖罪ではないし、死を通じて罪から逃げるためにするのでもない。浅すぎる思慮といえばそうであろう。それでも、ゼロに立ち返っての決闘は大人になりゆく青年にとって避けられぬ、儀礼と呼ぶにふさわしい厳粛を持っていた。
「弱きもの同士で肩を寄せ合い見るのは左右と下ばかり、そんな劣悪な環境に身を置いて楽しかったか? 人間は隣人に怯えるあまり知性を忘れた、普遍ばかりで個などないに等しい」
「人にも個はある、見たはずだ。おまえにも確かにそれがあった、突出した勇気と博愛だって」
 ミザエルは今や遠ざかる生命の星の目でカイトを睨めつけたが、なにも言わなかった。頭ごなしに否定するには、人の誇りを顕した兄弟の与えた影響と、この澄んだ沈黙の地のすべては鮮やかに映りすぎた。遠くが近く、近くが遠くあり、果ても分からぬ天蓋と月面とにカイトはふと、寂寞に死した龍の逸話を思う。結局、未練だけで生まれたものに彼はいつまでも振り回されていた。ミザエルもまた、龍の生みし星のもとに魂を縛られている。
「おまえはそこに伍するものではなかったはずだ」
「おれは在るべくして在るだけさ」
 幾度となく疑問として掲げていたその言葉をついに敢然と言い放つ。そう導いた人々の教えを、今度は彼が受け継ぐのである。人間を見くだす眼前の魂を紐解けば、悔やむばかりの小さな子どもが泣いている。ミザエルに纏わりつく虚像を命に代えても打ち砕かんとするのは正義ではなく、その子どもの存在を、カイトもおのれのなかに見ていたからであった。殻に篭もったままの子どもに光を見せて、彼は自分自身の魂とも、決着をつけねばならなかった。
 ミザエルの胸の装飾がさびしく鳴っている。罪なきものが孤独で良いはずがないのに、穢れなきだれもが寂寥を殺すために罪をつくるなど。金属の震える音色が、カイトには哀哭の声にも聞こえる。

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