祈りの絵 天城兄弟 「すこし、そばにいて」 ベッドの端を沈ませて、時折の頼みを、大切に拾いあげた。ひかれた裾が無垢を見せている。微笑いかけると彼もまた控えめに笑みを返した。「ごめんね」 なぜ? と問えば、似つかわしくない。わがままだものね、と言った。こんな子どもにしてしまったのは、おれたちだ。淋しくなる。額を撫ぜると、柔らかな空色の髪が指と指を滑り降り、甘やかに匂い立った。くすぐったそうに長いまつげを上下とあわせていた。「そんなことない、おまえはいちばん良い子さ」「兄さんがやさしいから」「やさしいのはおれじゃないよ」 くちづけた頬の林檎色がどれほど愛おしいか、平凡な幸福を過ごすものにはわからない。この色なくして怯えた夜、父はおれの顔ひとつ見ずにいた。あのひとは、思えば没頭の憑かれた姿をして、なにもかもおそろしかった。自然からかけ離れたものに心酔するカルトの目。私欲のための目。守るためならなんだって捨てられる、そういう血をおれも持っていることが、どんなことより縛りつけていた。 こんなやさしい子がどうして他のだれをも愛せないまま死ぬものか。青ざめた唇がちいさく開いて、紙も浸せぬほどの浅い呼吸を繰りかえす……いまに止まろうものなら……眠る間もなく手を握っていた日が遠くなることはない。傷痕は消えない、おまえも、父さんだって。 回想から覚めて、子どもの体温が戻ってくる。絡めあわせた手に沁みるような力を感じる。今が当たり前なのだと言えるだけの家族でありたかった。まだなにも知らなかったころのように、すべての甘えを許してやりたい。神ではない、それでも、おれたちを導いたあどけなさのために。「ハルト」「うん」「愛してる……ずっと」「ぼくだって」 もう離れまい。この子のほうから、求めるものを見つけるまでは。盲目では見極められないから、必死でとどまってきた。幸福がこんなにも苦しいなんて、思いもよらなかった。おれの両掌で包むちいさな右手が生きているあかし、頬に触れる左手が慈愛のあかしだ。正義の味方でありたかったんじゃない、強くはない。ひたすらで、身を切るほど糸を張り詰めて、ゆるめかたを忘れていただけだ。 やっとだね、と言った。そうだ、やっと、深い眠りを知る夜が来た。返事をしようにもなにも……なにも言えず、吐息を震わせるだけでも、おまえは聞かないふりをする。しかしぬぐう指さきはけっして止めずに微笑むような、声をあげては泣けないような、癒えないケロイドがおれたちにはあった。あのころ、こんなふうに、潤んだ目でおまえが見えなくなるのが怖かった。それでも今は違う……醜い傷を負ったとしても、幸いはこうして訪れるのだと教えてやりたい。歪みを知らない子であれと願っていた。ダウンライトのなかに、静かな慈しみが織られてゆく。